
大手流通・物流企業B社は、早くからAIを導入していました。ツールを利用できるようにし、操作研修も実施。社内調査では、多くの従業員が日常的に使うと答えました。数字だけなら変革は順調に見えましたが、実態を見ると未解決の課題がありました。
特に困ったのは、次の投資判断です。経営層は全社的な能力開発投資を検討していましたが、どこに、どれだけ投資するかの根拠がありません。毎日使う人は多くても、活用能力が伸びているかは、誰も自信を持って答えられませんでした。
変動の大きい流通・物流では、この問いが切実です。需要予測、在庫配分、苦情への対応を、多くの現場担当者が日々判断します。活用能力が不足すると、個人のミスが組織全体に広がり得ます。誤った予測を未検証で反映すれば過剰在庫や誤配送につながり、取引情報や契約単価を外部AIに入力すれば、拠点をまたぐデータ・規制上のリスクになります。取扱量や拠点が多く、利益率が低いほど、小さな誤差が増幅します。導入後に活用の深さが問われる理由です。
EYが2025年に29カ国の従業員15,000人と企業1,500社を調べたところ、88%が仕事でAIを使う一方、働き方を変える高度な活用をしている人は5%でした。十分な研修を受けたとの回答も12%にとどまりました。(EY, 2025)同年のMcKinseyの調査も、従業員は経営層の想定以上にAIを使う一方、事業成果につながったと言える組織は少ないと指摘します。(McKinsey, 2025)導入率と成果の間には隔たりがあり、それを埋めるのが活用能力です。
AIを使いこなすとは、何でしょうか。活用能力はいくつかの能力に分けられ、同じ業務でも、その能力によって結果が変わります。どちらも操作が得意に見えても、能力ごとに見ると違いが分かります。
| AI活用能力 | 業務の場面 | 能力が不足する場合 | 能力が備わる場合 |
|---|---|---|---|
| AIの限界・リスクの認識 | AIの需要予測を確認するとき | もっともらしい数字を、そのまま受け入れる | 予測の前提を確認し、販促や供給の混乱などが反映されているかを検討する |
| 課題の計画と範囲の設定 | AIにレポートを依頼するとき | 「今月の実績をまとめて」と、丸ごと任せる | 用途と基準を決め、AIに任せる作業単位へ分ける |
| 検証と責任ある判断 | 慎重な対応が必要な案件で使うとき | 顧客の苦情対応も、AIの回答をそのまま送る | 補償・契約に関わる内容は初稿作成までとし、人が判断と責任を担う |
能力が不足する人も、仕事をしていないわけではありません。取り組みが一段浅く、リスクもそこで分かれます。しかも毎日使うだけで、この能力がすべて育つとは限りません。組織が使いこなせているかを知るには、頻度より備わった能力を確認する必要があります。
B社が選んだのは、AIを知っているかを問う試験ではありませんでした。用語や概念の記憶を確認しても、実務で使えるかまでは分からないからです。
TeltaのAIリテラシー診断では、実務に近いシナリオを提示し、受検者が実際にAIを使いながら記述式で取り組みます。選択肢を選ぶだけでなく、 プロンプトを作り、AIの回答から事実と誤りを見分け、入力してはいけない情報を判断します。記憶した知識と合わせ、実際の行動を観察します。
記述回答はAIが共通の基準で採点します。評価者の主観によるばらつきと、回答を1件ずつ読む負担を減らします。抽象的なAI能力を、プロンプトの構造化、出力の検証、機密情報の識別、人とAIの作業範囲の設定など、測定できる行動として捉えます。
B社は、全員が使っているから全社研修を追加する、という順序を取りませんでした。大きな投資の前に、主要人材約50人を先に診断しました。
この人々は、仕事の基準をつくり、後に同僚へ活用方法を広げる役割を担います。評価基準を整えれば、全社展開の基準線になります。約50人という範囲なら、全社を一度に動かさずに、対象集団の傾向を確認できます。 負担を抑えながら、判断の根拠を得る選択でした。
未検証の仮説に全社予算を投じる前に、小規模な診断で能力の差がどこにあるかを確かめる。この順序は、投資の承認を得る際にも説明しやすい方法です。
先行診断の価値は順位表ではなく、次の判断に必要な現状が分かる点にあります。一律研修の代わりに、ある部門では検証能力、別の部門では課題計画を補うなど、必要な場所へ資源を配分できます。
弱い領域が分からないまま研修をすると、得意な人には退屈で、支援が必要な人には浅い内容になりがちです。B社は診断結果を基に、対象を広げる計画を立てました。記述回答を共通の基準で採点するため、対象を広げても同じ基準で確認できます。
毎日AIを使う組織は増えました。しかしEYのデータが示すように、利用と熟達の間には距離があります。能力が育っているかを見るには、頻度と合わせて能力の現状を確認する必要があります。大規模投資の前に先行診断をしたB社のように、小さく始めた診断も組織の方向を考える助けになります。
関連記事